私たちが扱う織物は、日本国内に住む布の収集家から仕入れたものがほとんどです。
現地の観光地ではあまり見かけない、希少なものが多く揃っています。
模様の意味、素材、年代などを確認しますが、現地の人もわからないことがしばしば。
それもまた民族布のおもしろいところで、あれこれ思いをめぐらせながら、布を手入れしています。
これまで扱ったテキスタイルの国を、地図に落とし込んでみました。布の一部もご紹介します。
タイランドKingdom of Thailand
インドシナ半島中央部に位置する常夏の国タイ。東南アジアでは唯一植民地とならず、王国として独自の文化を築いています。敬虔な仏教徒が多く、美しい寺院は信仰の場であると同時にコミュニティの場としてタイの人々の生活に深く根差した場所となっています。アジア有数の近代国家へと発展しながらも、山岳地帯にはそれぞれの言語や文化を脈々と受け継いできた少数民族が暮らしています。
モン族
中国南部、ベトナム、ラオス、タイなどの山岳地域に居住する山岳少数民族。日々の暮らしや民族の歴史を、文字ではなく繊細に施された刺繍で語り継いでいます。藍染めやパッチワークなども高い技術を誇り「針と糸の民」と評されることも。動物、植物、畑など、家族の幸せと繁栄を願った図柄が多く見られ、アジアを代表するテキスタイルのひとつです。
ヤオ族
中国からタイ、ベトナム、ラオス、ミャンマーにわたる東南アジアの大陸部に広く分布する少数民族。手先の器用さが際立っているといわれ、表も裏も美しい刺繡は驚くほどの緻密さで、女の子たちは5~6歳から刺繍を教わりはじめるといわれています。植物や動物、自然をモチーフにした模様は、先祖への敬意、魔よけ、民族としての誇りを表現しています。
ウズベキスタンRepublic of Uzbekistan
かつてはシルクロードの中継地として栄えた中央アジアの国、ウズベキスタン。夏季は40度超え、冬季はマイナス気温と夏と冬の温度差が大きいのが特徴で、降水量は非常に少なく、西部には砂漠地帯が広がっています。青いタイルが美しいモスクや砂漠に浮かぶ城塞都市など、壮大な歴史的建造物が多く現存し、世界遺産の宝庫といわれています。陶器や絨毯、織物などの伝統工芸品も豊富です。
スザニ
中央アジアの遊牧民に伝わる刺繍布。嫁入り道具とされ、ウズベキスタンでは女の子の誕生とともに母親が縫いはじめるといいます。また、あえて刺繍を途中で終わらせて、その続きを娘や嫁が埋めていくことも。太陽、月、植物や魚、鳥などの自然を題材としたモチーフには、生命の象徴、一族の繁栄、魔よけなどそれぞれに意味があるといわれています。
アトラス織、アドラス織
シルクやコットンの肌ざわりが心地よいウズベキスタンの伝統的な織物。絹100%をアトラス、綿とシルクの混合をアドラスと呼びます。日本の絣と同じように染め分けたタテ糸の模様に従って織りあげられています。その昔、水面に映る虹色の空と色鮮やかな雲を見た織工が、その美しさを布で表現したのがはじまりと伝えられています。
フィリピンRepublic of the Philippines
東南アジアに位置し、7000以上の島々が点在するフィリピン諸島。総面積は約300,000㎢で、北海道を除いた日本の面積と同じくらいです。美しいサンゴ礁を有する、気温・湿度が高い常夏の国。島ごとに違った魅力があり、伝統も文化も多彩で100以上の民族が存在する多民族国家です。美しい民族衣装の多くは、母から娘へと受け継がれていく伝統織物で、ルーツや居住地域の違いからそれぞれの特徴が表れています。
私たちは、翻訳家、児童文学研究家の(故)山本まつよさんが1980年代にフィリピンで蒐集した希少な織物を使用しています。
マロン
ミンダナオ島ラナオ湖周辺に暮らす、少数民族マラナオ族の女性の伝統的な民族衣装。大きな布の両端を筒状に縫い合わせたもので、腰に巻く、肩にかける、頭からかぶる、バッグや赤ちゃんの抱っこひもに、と100通りの使い方があるといわれることから魔法の布とも呼ばれています。
ピスシャビット
ホロ島を中心に居住する少数民族タウスグ族の男性が、ターバンとして伝統的に着用している艶やかな織布。結婚式や競馬などで正装するとき、また、戦いのときに頭に巻いて使います。十字は愛と統一、大きな方形は勇気、小さな方形の連続は幸運の連続といった意味があるといわれます。
ラオスLao People’s Democratic Republic
インドシナ半島に位置する東南アジアの内陸国で、国土のおよそ80%が山岳地帯。主要民族はラオ族、そのほか公式に認められた民族が50近くいるといわれます。ラオス北部にある古都ルアンパバーンのナイトマーケットでは、ラオス北部に暮らすモン族、カム族、アカ族、タイルー族などの織物が手に入ります。近郊では、村の女性たちが家の軒先で綿や絹を紡ぐ姿や、織物を織る様子が見られ、民族のアイデンティティを示しています。パノム村は、かつて王族が愛用していた織物を織ることで有名な地域。その技術や伝統的なデザインは、現在でもしっかりと受け継がれています。
シン
「シン」は、ラオ族の女性用衣装で、筒状の巻スカートのこと。ウエスト部分をホックで留めるシンプルなつくりで、見た目よりも動きやすいといいます。儀式や祭事、結婚式などの正装としてはもちろん、普段着としても親しまれています。地域によりさまざまな種類があり、柄や丈も異なります。画像は、シンの裾を飾っていた帯状の織物です。
グアテマラRepublic of Guatemala
グアテマラはメキシコの南にある中米の国で、火山、熱帯雨林、古代マヤ文明の遺跡などが有名。村ごとに異なる民族衣装があり、その数150以上ともいわれます。グアテマラ・レインボーと称される色鮮やかな衣装は、マヤ独自の世界観による五色(赤、白、黒、黄、緑)がベースにあるといわれています。古来から伝わるバックストラップ(数本の棒を使ったシンプルな織機)による織物は、スペインによる侵略、支配という歴史を乗り越え、その姿をいまも受け継いでいます。女性たちの織のテクニックは、非常に高度で芸術的。模様にはさまざまな意味が込められています。
ウイピル
女性用の貫頭衣。長方形の布を縫い合わせ、頭を通すための穴が開いています。袖は基本的に短く、肩からぶら下がるようなデザインが一般的です。動植物や天体、マヤの伝統的なシンボルを描いたものが多く、刺繍や織り模様で表現されます。画像は、ソロラ県ナワラ村のウイピルで猫の模様。ナワラは動物をモチーフにしたものが多く、それらは、神話や伝説に由来するといわれます。
コルテ
ウイピルと合わせて着るスカート。長方形の布を腰に巻きつけて着用し、ウイピルの下に合わせます。ウエスト部分に「ファッハ」と呼ばれる帯を巻きつけて固定します。ストライプや絣など、村によってデザインや色彩が異なります。模様にはそれぞれの村の文化や歴史が反映されていて、日常生活での使用だけではなく、特別な儀式や祝祭の際にも着用します。
ブータンKingdom of Bhutan
ヒマラヤ山脈の東端にある仏教王国。公的な場所では民族衣装の着用が国で定められています。学校の制服も民族衣装です。素材は、四季や山地という風土に適した、木綿と絹がメイン。寒さが厳しい山岳地帯では羊毛も見られます。ブータンの民族衣装は、男性用の「ゴ(Gho)」と女性用の「キラ(Kira)」があります。ゴは、長いローブのような衣装で、着物のように布地を前で交差させて着用し、腰に帯(ケラ)を巻いて固定します。キラは、長方形の大きな布を体に巻きつけるようにして着用します。どちらも着るにはコツが必要で、子どもたちは、親や兄弟に教わりながら上手に着られるようになります。
ラチュ
女性の正装用の肩掛け。縦半分に折って左肩にかけます。ラチュは、公式な場や儀式、特別な行事で着用されます。とくに、宗教的な儀式や王室関連の行事、国家的な祝祭などでよく見られます。着用者の尊厳と敬意を示すものであり、また、社会的な地位や役割を象徴するものでもあります。
片面縫取織り
片面縫取織りは、ブータンの織物技術の中でもとくに芸術的な価値が高い技法といわれます。模様が見えるのは表面だけで、裏側には糸の端しか出ていません。織り手の熟練した技術と、デザインの豊かさが組み合わさって、ブータンの文化を色鮮やかに表現。世界的に高く評価されている織物のひとつです。
インドRepublic of India
南アジアに位置する国で、世界でもっとも多様性に富んだ文化と歴史をもつ国の一つ。女性の民族衣装としてよく知られるサリーは、人口のおよそ8割を占めるヒンドゥー教徒の衣装です。ヒンドゥー教では、無縫製の衣服を清浄と考え、男性も女性も幅1メートル、長さ4〜6メートルの一枚布を器用に体に巻きつけて衣装にします。礼拝の際には、神像に新しい布を捧げることが一般的で、布は生活の中で重要な役割をもっています。繊維大国ともいわれるインド。「バンダニ」(絞り染め)、「イカット」(絣)、「チカンカリ」(刺繍)など、じつに多彩なテキスタイルが存在します。
カンタキルト
カンタキルトは、東インドのベンガル地方を中心に古くから伝わる刺し子刺繍布。使い古したサリーを再利用し、数枚を重ねてひと針ひと針、刺し子が施されています。母親が娘にもたせる花嫁道具としてつくったり、身籠った女性が生まれてくる子供のお包みとしてつくったりと、家族の幸せを願う女性たちの想いが、たっぷりと込められています。
ブロックプリント
古代から続く伝統技法で、手彫りの木製ブロックに染料をつけて、布に押し当てて模様をつけていくテキスタイル。熟練した技が要求されます。その起源は紀元前にまで遡ると言われ、長い歴史を持つ家族やコミュニティが代々この技法を受け継いでいます。ラジャスタン州やグジャラート州がブロックプリントの中心地です。
インドネシアRepublic of Indonesia
ジャワ島をはじめとする5つの主要な島と、中規模な群島を含めて1万3000以上の島々から成る世界最大の群島国家。国民の多くはイスラム教徒で、地域ごとに独自の文化や伝統があります。民族衣装は、結婚式や宗教的な儀式、祭りなど、特別なイベントで重要な役割を果たしています。バティック、イカット、テヌン、プライウォールなど、インドネシアを代表するテキスタイルはたくさん。国際的なファッション業界でも人気が高く、インドネシアの織物文化とデザインが世界で賞賛されています。
バティック
インドネシアの伝統的な染色技術(ろうけつ染め)。ワックスを使って布に模様を描き、染料で着色した布。ジャワ島がとくに有名で、ジャワ更紗とも呼ばれます。手描き、スタンプ、プリントがあり、一番貴重とされるのは手描き。衣類や腰巻、小物など、さまざまなものに加工されます。2009年には、ユネスコの無形文化遺産に認定されました。
スンバ島のイカット
赤、青、黒、白などの鮮やかな色が特徴で、おもに自然染料から作られます。なかでも、赤(アカネ)を多様した布は、上流階級用、正装用とされています。模様には、動物、植物、神話的なシンボルが含まれ、シンメトリーに配された図案は、まるで絵画のよう。圧倒的な芸術性の高さを見せるテキスタイルとして、世界中から注目を集めています。
そのほかの国other countries
ボゴラン(マリ共和国)
世界中にファンをもつ、西アフリカの泥染布。黒と白の幾何学模様は、邪気から身を守ると伝えられ、かつては猟師や妊婦に用いられていました。アフリカでは、ボゴランの布には大地のエネルギーが染みこんでいると考えられています。邪気を払うだけでなく、体を癒やしてくれるものとしても身にまといます。
バウレ族の織物(コートジボワール)
バウレ族は、コートジボワール最大規模の民族集団。西アフリカでは一般的な、幅約10cmの布を織り、その布を何枚もつなぎあわせて、大きな一枚布をつくります。シンプルなストライプから複雑な幾何学模様までさまざまなデザインがあり、村ごとの伝統や信仰などを映し出しています。
アミ族・タイヤル族の布(台湾)
台湾には16の原住民族が公式に認定されていて、それぞれが独自の文化、言語、伝統を持っています。最大の原住民族・アミ族の織物は、鮮やかな色彩と幾何学的な模様が特徴。山岳地帯に住むタイヤル族は、赤、白、黒の色合いが象徴的です。台湾でよく見かける菱形の模様は、祖霊の目をあらわしていて、ご先祖様が守ってくれるという意味があります。
クロマー(カンボジア)
カンボジアで伝統的に使われている、長方形の綿織物。首に巻くスカーフとして、タオルとして、物を運ぶ袋として、また、日除けや腰巻、簡易ベルトなどになって活躍します。クロマーは非常に万能で、日常生活に欠かせない道具のひとつです。伝統的な儀式や行事の際には、装飾品やシンボルとしても使われます。